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続・ネット上からオカルトは駆逐されるのか

だいぶ空きましたが前回の続きですよ

という訳で「ネット雀士は全てデジタルの極み」というのが一般的によく言われてることですな。
ここでデジタルの定義についてとつげき東北さん(凸)の文章から引っ張ってくると、

>麻雀の世界では昨今、「デジタル」という言葉が、「反オカルト」的な意味で用いられることが多い 。これ自体はかなり不自然である。そもそも「デジタル」とは、連続値に対する離散値を表す概念である。「離散値」の反対概念として「不合理な諸概念」を置くのは無理がありすぎる。もともとこのような呼称は、長村大プロのキャッチフレーズ「デジタルの申し子」、あるいは片山まさゆき氏のマンガあたりから一般化したように思われるが、次第に「デジタル」が人口に膾炙して拡大解釈されてゆき、明確にされていない情報の大半が「アナログ」側に追いやられ、結果としていわゆる「オカルト(不合理な概念)」と一緒くたにされてしまったという経緯があったと記憶している



俺が付け加えて書く必要もないすなあ(´・ω・`)
ここでちょっと蛇足ですが、凸さんは文章中で「デジタル的オカルト」として世に名高い「シス厨」を例に挙げています。
昔から(というか自動卓が出来て露骨なイカサマが出来なくなってから)この手の人間はそれなりにいるので、これをデジタル的オカルトと言ってしまうのは少し違う気がします。
あくまでもデジタルなのはPC画面とプログラムという見た目だけです(*´ω`*)
見えない人間にとってはどういう形を取っても「ブラックボックス」に見えてしまうんですから・・・
例のコラ参照)
デジタルという言葉もおこがましい、シス厨は昔からいる只の陰謀論者です。
さて、凸さんの論法で言うと「オカルトと言われてても、定義があって仮説的に語れればアナログ、それに正確な数値的裏づけがつけばデジタル」な訳だからフツーの麻雀打ちが論争をする際にどうもごっちゃにして「デジタルvsオカルト」対立軸を作りたくなるという気持ちも分かります。アナログってのは外から見るとオカルトと同じくらい中身が見えづらいですからね・・・

最近、流れの代わりに、一般的に使われるようになった便利な言葉として「場況による」という言葉があります。
これはなんとも抽象的といえば抽象的で、なんとなーくデジタルにもアナログにもあまつさえオカルトにも取れるといった風情の言葉です。
この点棒状況、この捨牌、この仕掛け、このルール・・・いろいろと加味した上でこうだ、という訳ですね。
どこまで加味してるか人によって分からないのがミソなんですが。

つまり「場況による」という言葉は使用する人によって、「きわめてデジタルに近いアナログな経験則」
であるのか「第六感的な一発消しと同等のオカルト的判断」であるのかどちらかと言うとを意図的にぼかした表現であると言えます。

某有名麻雀配信者は言いました。
「何切るに答えるときに、単純な受け入れ枚数のことを聞かれているか、場況を含めた回答を期待されているのか分からない時がある」と
また別の某牌譜検討配信者は
「何切るで答えだけ書くな、ちゃんと理由を述べて欲しい」と

これらの意味する所として質問する側も回答する側も同じ土俵に立たないとしょうがない、ということに他なりません。
「受け入れ枚数ではこうなっているけど、アナログ的な論拠をもってこうだ。」
「いや、オカルト的にこうしたほうが俺は好きだ。」
これらの過程を無視して「受け入れ枚数的に損」という批評をすることは現状のデジタル理論の押し付けであり、真のデジタルを追求する立場としてはナンセンスだと言えます。

さらにデジタル的な戦術論を構築しようとする際の壁として、麻雀という競技でよく言われる「抽象的概念でごまかしておいた方が得」という面があります。
将棋のように、向こうの最善手がこちら側から(時間さえ掛ければ)完璧に読めるという競技ではないので、「何をしてくるか分からない」ということにしておくことがそこそこメリットがあることを考慮すれば
「ブラフ」(手牌的にも戦術的にも)の有効性があると言えます。
例として「押し引き」というものはルールや点棒状況や予想される打点、祝儀の有り無しから面子のレベルまで判断基準を挙げればきりがありません。そういった意味で「油断」をさせたり、手の内をさらさないようにするのも短期戦略としては非常に有用です。
つまり実際は数値計算(一種のカードカウンティングと言うべきか)を積み重ねた結果も、「オカルト」ということにしておいたほうがかえって都合がいい場合もある、ということになります。

これらを考えに入れると、「ネット雀士は全てデジタルの極み」というのはあくまでも建前、外面の話であり、その中でも強者は内面的にアナログやオカルト的なことを考えている、と思います。
(いわゆる駆け引きというやつです)

かつてオカルト的な考え方が絶対的なものさしであったように現在ではデジタルといわれるような数値的な指針が用いられています、が、麻雀は現在示されているようないくつかの数値的指針で測るにはあまりにも複雑で、あまりにも人為的な部分が多すぎるのです。
現在、ネット上から抽象的な概念はほぼ駆逐され、明白な定義と膨大な結果から導き出された結論で麻雀を確率的に語れるようになりました。
しかし、そんな「麻雀というゲームの中長期における必勝法」というマクロかつ厳密な視点からはともかくとして、「ここでどっちの待ちがツモれそうか」というミクロかつ雑な話に対しては「なんとなくこっち」という究極のオカルトがいつまで経っても顔を出してくるのではないか、
僕はそう思うのです。



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鉄雑魚五(±1)段の「紅のぬこ」が天鳳特上でリーチにゴリ押しするブログです
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